米国教育使節団報告書 (国語改革)

公開 : 2006/06/11 © 平頭通

茲では、大東亜戦争終戦直後、米国の教育使節団が行つた報告の内、「国語改革」の部分を引用し、簡単に解説致します。国語政策についての重要な報告ですので、敢へて全文を引用致します。

当該報告書について

1946年3月31日提出
1946年4月7日公表
使節団団長 ジョージ・D・ストッダード(George D. Stoddard)

二、国語の改革

われわれはいまや、もし日本の児童への責任感が見逃してさえくれるならば、慎しみのためにも気楽さのためにも、むしろ避けるべきだと思われる一つの問題に直面する。国語は、一つの有機体として、国民生活と非常に緊密な関わりをもっているので、外部からこれに迫ろうとするのは危険である。しかし、この緊密性こそ、純粋に内部からの改良を遅らせる働きもしているのである。

中間の道というものがある。ここでもそれが中庸の道となるであろう。国語改革の仕上げが内部からのみ行なわれうるだろうということは、われわれもよく承知している。だがその手はじめは、どこからでも刺激を受けてよいであろう。われわれが使命と感じているのは、こうした友情のこもった刺激であり、またそれとともに、来るべき世代のすべての人々がかならずや感謝するであろうことがらにただちに着手するよう、現在の世代を極力激励することである。

われわれは、深い義務感から、そしてただそれのみから、日本の書き言葉の根本的改革を勧める。

国語改革の問題は、明らかに、根本的かつ緊急である。それは小学校から大学に至るまでの教育計画のほとんどあらゆる部門に影響を与える。この問題に対する満足すべき解答が見出せないとすれば、意見の一致をみた多くの教育目標を達成することは非常に困難になるであろう。たとえば、諸外国についての知識を深めることも、日本の民主主義を促進することも、阻害されることになるであろう。

教育の過程において、さらにすべての知的成長において、国語の役割が非常に大きいことは一般に認められている。在学期間中も、その後の生活においても、国語は学習上の主要な要素である。日本人は他の国民と同じく、音と文字とで表わされた言語記号を用いて考える。教育の全過程の質と能率は、これらの記号の特徴のいかんによって深く影響を受ける。

書かれた形の日本語は、学習上の恐るべき障害である。日本語はおおむね漢字で書かれるが、その漢字を覚えることが生徒にとって過重な負担となっていることは、ほとんどすべての識者が認めるところである。初等教育の期間を通じて、生徒たちは、文字を覚えたり書いたりすることだけに、勉強時間の大部分を割くことを要求される。教育のこの最初の期間に、広範にわたる有益な語学や数学の技術、自然界や人間社会についての基本的な知識などの習得に捧げられるべき時間が、こうした文字を覚えるための苦闘に空費されるのである。

漢字を覚えたり書いたりするために法外な時間数が割り当てられるが、その成果には失望させられる。生徒たちは、民主的な市民となるに必要最低限の言語能力に、小学校を卒業した時点ではまだ欠けているであろう。彼らは新聞や大衆雑誌のような一般的読み物を読むにも困難を感じる。一般に、現代の問題や思想を扱った書物を理解することはできない。とりわけ、彼らは、読書を学校卒業後の自己啓発のための手軽な道具とできる程度に国語を習得することには、一般に成功してはいないのである。しかも、日本の学校を参観した者で、生徒たちが精神的には明敏であり、著しく勤勉であることを否定しうる者は一人もいないのである。

市民としての基本的な義務を効果的に果たすためにも、個々人は、社会問題に関わる事実についての簡単な記述の内容を理解できねばならない。また、学校を卒業したのち、自分自身の運命に直接影響を与える諸々の状況を一歩一歩乗り超えることができるような、一般教育の諸要素を身につけるべきである。もし児童が、初等学校を卒業する以前に、こうした事柄について第一歩を踏み出していないなら、それ以後は、ほとんど自力で踏み出す暇はなく、またその気にもならないであろう。日本の児童の約八十五パーセントが、この時期に学校教育を終えてしまうのである。

中等学校に行く残りの十五パーセントについても、国語の問題は残されている。これら年長の少年少女たちは、国字記号を覚えるという果てもない仕事に苦労し続けるのである。いったい、いかなる近代国家が、このようにむずかしく、しかも時間ばかり浪費する表現手段や意志疎通手段を持つという贅沢への余裕をもつだろうか。

国語改革の必要性は、日本ではかなり前から認められている。すぐれた学者たちがこの問題に多大な注意を払っており、著述家や編集者を含めた多くの有力な市民が、いろいろな可能性を探究してきた。現在では、約三十ほどの団体がこの問題に取り組んでいると報告されている。

おおざっぱに言うと、書き言葉の改革に対して三つの提案が討議されている。第一のものは漢字の数を減らすことを要求する、第二のものは漢字の全廃およびある形態の仮名の採用を要求する、第三は漢字・仮名を両方とも全廃し、ある形態のローマ字の採用を要求する。

これら三つの提案のうちどれを選ぶかは容易な問題ではない。しかし、歴史的事実、教育、言語分析の観点からみて、本使節団としては、いずれ漢字は一般的書き言葉としては全廃され、音標文字システムが採用されるべきであると信ずる。

音標文字のシステムは比較的習得しやすく、そのため学習過程全体を非常に容易なものにするであろう。まず、辞書、カタログ、タイプライター、ライノタイプ機やその他の言語補助手段の使用が簡単になる。さらに重要なのは、日本人の大多数が、芸術、哲学、科学技術、に関する自国の書物の中で発見できる知識や知恵に、さらに近づきやすくなることである。また、これによって、外国文学の研究も容易になるであろう。

漢字に含まれているある種の美的価値やその他の価値は音標文字では決して完全に伝えられえない、ということは容易に認めることができる。しかし、一般の人々が、国内および国外の事情について充分な知識をもち、且つ充分に表現できなければならないとすれば、彼らは、読み書きについてのもっと単純な手段を与えられなければならないのである。

統一的且つ実際的計画の完成は遅くてもよいであろう。だが、いまこそそれを始める好機である。

本使節団の判断では、仮名よりもローマ字のほうに利が多いと思われる。さらに、ローマ字は民主主義的市民精神と国際的理解の成長に大いに役立つであろう。

ここに多くの困難が含まれていることもわかっている。多くの日本人が躊躇する自然の気持もよくわかる。また提案された改革の重大さも充分自覚している。しかしそれでも、あえてわれわれは、次のことを提案するのである。

  1. ある形のローマ字が、すべての可能な手段によって一般に使用されること。
  2. 選択された特定のローマ字の形態は、日本人の学者、教育界の指導者、および政治家から成る委員会によって決定されること。
  3. この委員会は過渡期における国語改革計画をまとめる責任を引き受けること。
  4. この委員会は新聞、定期刊行物、書籍その他の文書を通じて、学校および社会生活、国民生活にローマ字を導入するための計画と実行案とをたてること。
  5. この委員会はまた、さらに民主的な形の話し言葉を作り出す手段を研究すること。
  6. 子供たちの勉強時間を不断に枯渇させている現状に鑑み、この委員会は早急に結成されるべきこと。適当な期間内に、完全な報告と包括的な計画案が公表されることが望まれる。

この大事業に乗り出すために任命された国語委員会は、新しい形式の使用から生ずる学習過程についてのさまざまな資料を収集する国家的言語研究機関にまで発展するかもしれない。そうした機関は他の国々の学者たちを惹きつけることになるであろう。なぜなら、日本のこうした経験の中から、多くの人々が、どこにでもただちに役立つ諸々の着想を発見するであろうからである。

いまこそ、国語改革のこの記念すべき第一歩を踏み出す絶好の時機である。おそらく、このような好機は、これからの何世代もにわたって二度と来ないかも知れない。日本人の眼は未来に向けられている。日本人は、国内生活においても、また国際的指向においても、簡単で能率的な文字による伝達方法を必要とするような新しい方向に向かって進み出している。同時に、戦争は、日本の言語と文化を研究するよう、多くの外国人を刺激してきた。こうした興味が今後とも保持され、育成されうるためには、新しい記述方式が開発されなければならないであろう。言語というものは広大なる公道であって、決して障害物であってはならないのである。

この世に永久の平和をもたらしたいと願う思慮深い人々は、場所を問わず男女を問わず、国家の独立性と排他性の精神を支える言語的支柱をできる限り崩し去る必要があるものと自覚している。ローマ字の採用は、国境を超えた知識や思想の伝達のために大きな貢献をすることになるであろう。

「米国教育使節団」の報告書から「国語の改革」の部分を引用しておきます。内容を要約すると、大体以下の通りとなります。

報告書の摘要

国語改革

書き言葉の問題は、教育実践上のあらゆる改革にとって基本である。国語の形式のどのような変革も国民の内部から生じなければならないが、そうした変革への刺激はどういう源泉からきてもかまわない。単に教育計画のためだけでなく、未来の世代にわたっての日本国民の発展のために、国語改革が必要であると考えている人々に対しては、激励が与えられてよいであろう。

ある形式のローマ字が一般に使用されることを勧める。包括的な計画がしかるべき期間内に公表されうるために、日本の学者ならびに教育界の指導者や政治家による国語委員会が速やかに結成されるよう提案する。この委員会は、ローマ字の形式をどのようなものにするかを選定するだけでなく、以下のような機能をもつものとする。

  1. 過渡期における国語改革計画に調整の責任をもつこと。
  2. ローマ字の学校への導入、および新聞、定期刊行物、書籍、その他の文書を通じての、地域生活や国家生活への導入のための計画を作ること。
  3. 話し言葉のより民主化した形式を作り出す方法を研究すること。

この委員会は、将来、国家的な国語研究機関に成長するであろう。

文字による伝達の簡潔で能率的な手段が必要なことは、よく認識されており、この記念すべき第一歩を踏み出す時期は、今後の長い間にわたってのどの時期よりも、多分、いまがいちばん適している。言語は公道であるべきであり、決して関所であってはならない。この公道は、日本の国内において、のみならず国境を超えて、より良き世界理解をもたらす知識と思想を伝達するために開かれていなければならない。

同報告書の摘要についても報告書本文と殆ど変りありません。再度「ローマ字」の採用について促してをります。之は大東亜戦争の戦勝国である米国が報告してゐる文書であり、戦敗国の日本が全てを呑むかどうかは別にしても、当時の事情を考へても全く無視する事は不可能であつたと思はれます。

かくして、国語改革は「当用漢字」「現代かなづかい」と云ふ形で昭和21年の内閣告示により現実のものとなりました。

参考資料

関聯頁

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