新撰日本文典 上卷(附録)

第二章 音の種類

音には母音と父音との別あり。又、清音と濁音との別あり。

母音は聲帶の振動によりて發生するものにして、其の發生するに當り、口腔に觸れ、又は舌・齒・唇等に妨げられて、變化を受くることなきものなり。「あ」「い」「う」「え」「お」の五音は母音なり。

父音には、聲帶の振動によりて發生するものと、これによらずして發生するものとあれども、いづれも、口腔・鼻腔に於て、或は舌・齒・唇等によりて、種々に變化せらるゝものなり。

五十音圖に於て、加行より和行までの諸音は、母音と父音と結合したるものなり。

清音は聲帶を振動せずして發生し、濁音は聲帶を振動して發生す。

わが五十音圖にては、便宜上、「カ」「サ」「タ」「ハ」の諸行を清音と稱し、「ガ」「ザ」「ダ」「バ」の四行を濁音と稱す。

○ 轉呼音

「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」の假名は、語の中と下とにあるときは、「わ」「い」「う」「え」「お」の如く呼ぶことあり。これを轉呼音といふ。例へば、

いは (岩)くは (桑)いはふ (祝)
かひ (貝)たらひ (盥)あひて (相手)
すふ (吸)たゝかふ (戰)かふ (買)
いへ (家)こたへ (答)かへる (歸)
おほし (多)かほ (顏)にほひ (匂)

練習

  1. あやわ三行の文字を片假名にてかけ。
  2. 同上の文字を平假名にてかけ。
  3. 「は」を「わ」と轉呼する語を擧げよ。
  4. 「へ」を「え」と轉呼する語を擧げよ。

第三章 音便

發音しにくき語は、發音し易きやうに言ひかふることあり。

之を音便といふ、音便には次の四種あり。

一 他の音が「い」の音にかはるもの

高き山高い山
寒き日寒い日
つきたちついたち
さきはひさいわひ

二 他の音が「う」の音にかはるもの

買ひて買うて
拂ひて拂うて
よろしくよろしう
いたくいたう

三 つまるもの (促音)

勝ちて勝つて
取りて取つて
戰ひて戰つて

四 はぬるもの (撥音)

飛びて飛んで
住みて住んで
死にて死んで

練習

左の文の假名に誤あらば、正せ。

  1. 淺ひ川を渉る。
  2. 笑ふて答へず。
  3. こちらに咲ひてゐる花は小さふございます。
  4. けふは天長節といふて、おめでたひ日です。
  5. 太田君をさそふて、遠ひ村へいつた。

第四章 假名遣

「戰ひ」「戰ふ」「恥ぢ」「恥づ」といふ語は、今は「戰い」「戰う」「恥じ」「恥ず」の如く發音すれども、昔の發音に從ひて、「戰ひ」「戰ふ」「恥ぢ」「恥づ」と書するを常とす。

かくの如く、昔の發音のとほりに、假名を用ふるを假名遣といふ。

假名遣の誤り易きものは左の如し。

一 「は」と「わ」

「わ」の假名は語の中と下とにあるときは、「は」と紛るゝことあり。この場合に「わ」の假名を用ふる語は大略左の如し、

あわ (泡)あわつ (周章)かわく (乾)
くつわ (轡)くるわ (廓)くわゐ (慈姑)
しわ (皺)たわむ (撓)
よわし (弱)いわし (鰯)
ことわざ (諺)ことわり (理断)
さわぐ (噪)さわやか (爽)
うわる (植)すわる (坐)

練習

左の文に假名の誤あらば、正せ。

  1. 歸りに、こいしかわへまわる。
  2. この着物には、厚ひまはたが入れてある。
  3. 太郎は、やわらかな芝の上にすはつてゐる。
  4. よはゝゝしひ老人が、あは飯を炊ひてゐた。
  5. 天氣がかわつたので、ことはつておいた。

二 「い」と「ひ」と「ゐ」

「ゐ」の假名は、語の上にあるときは、「い」と紛れやすく、語の中と下とにあるときは、「ひ」と「い」とに紛れ易し。「ゐ」の假名を用ふる語を擧ぐれば大略左の如し、

ゐ (井)ゐもり (蠑)
ゐ (居)ゐなか (田舍)ゐざり (躄)
とのゐ (宿直)もとゐ (基)くらゐ (位)
ゐ (堰)ゐぜき (堰)
ゐ (藺)くわゐ (慈姑)あぢさゐ (紫陽花)
ゐ (猪、亥)ゐのしゝ (猪)ゐのこ (豕)
まゐる (參)ひきゐる (率)
あゐ (藍)くれなゐ (紅)

語の下に「い」の假名を用ふるは、名詞には、「かい」(櫂) といふ語あり、動詞には「老い」「悔い」「報い」の三語あり。又、「き」「し」の音より轉じたる音便の語にて、「さきはひ」(幸) を「さいはひ」、「つきたち」(朔) を「ついたち」「高き」を「高い」、「深し」を「深い」といふ類はすべて い の假名なり。

練習

左の文に假名の誤あらば、正せ。

  1. いへのまわりに、小さひ木がうはつている。
  2. あのくらい賢い子は少かろー。
  3. 奇麗な、いむしろが布ひてある。
  4. あじさゐが、いづつの近くに咲ひている。
  5. こひといふ魚は、ゐけやかわなどに住む。

三 「う」と「ふ」と「ゆ」

動詞の語尾に「ゆ」の假名を用ふるは、「老ゆ」「悔ゆ」「報ゆ」の三語 (也行上二段活用) と「見ゆ」「聞ゆ」「越ゆ」「冷ゆ」「覺ゆ」「聳ゆ」「煮ゆ」「絶ゆ」「消ゆ」「費ゆ」「焚ゆ」「榮ゆ」「生ゆ」「冴ゆ」「凍ゆ」「殖ゆ」「ゆ」「潰ゆ」「愈ゆ」「見ゆ」(まみゆ)「吠ゆ」「萌ゆ」(クゆ)「肥ゆ」「映ゆ」(ハゆ)「萌ゆ」「魘ゆ」(おびゆ)等の語 (也行下二段活用) とにして、「う」の假名を用ふるは「植う」「飢う」「据う」の三語 (和行下二段活用) のみなれば、其の他の動詞の語尾の「ゆ」又は「う」の如く發音せらるゝは、「教ふ」「堪ふ」「救ふ」等の如く。すべて、「ふ」の假名なり。

音便の假名の「く」「ひ」「む」より轉じ來れるものは、「よろしう」「寒う」「戰うて」「買うて」「ませう」「だらう」「行かう」「みよう」等はすべて「う」の假名なり。

練習

左の文に假名の誤あらば、正せ。

  1. 彼はあはたゞしく問ふた。
  2. 教ゆるは學ぶの半と古人もいふてをる。
  3. むかふに大きなるいぜき見ふ。
  4. 畑にあいを植ゆ。
  5. 兵をひきいて、山を越ゆ。

四 「え」と「へ」と「ゑ」

「え」の假名を用ふる語は、大略左の如し。

え (柄)ひえ (稗)ふえ (笛)
ぬえ (鵺)さゞえ (榮螺)はえ (鮠)
え (兄)え (江)え (得)

ゑ の假名を用ふる語は大略左の如し。

ゑ (餌)ゑ (繪)ゑそ ()
ゑふ (醉)ゑむ (笑)こゑ (聲)
ゑる (彫)ゑぐる (刳)ゑぐし ()
すゑ (末)こずゑ (梢)すゑもの (陶)
つゑ (杖)つくゑ (机)いしずゑ (礎)
ゆゑ (故)

又、動詞の語尾に「え」の假名を用ふるは「得」と「見え」「聞え」等の也行下二段活用の語とにして、「ゑ」を用ふるは「植ゑ」「飢ゑ」「据ゑ」の三語のみなれば其の他の動詞の語尾の「え」の如く發音せらるゝは「教へ」「堪へ」「救へ」等の如くすべて「へ」の假名なり。

練習

左の文に假名の誤あらば正せ。

  1. 旗にはともえの紋がつひてゐる。
  2. 釣舟が、いまいりゑの口までかえつて來た。
  3. かすかに聞へてゐるのは、柴ぶゑのこえであろう。
  4. にわとりに今えをやつてゐるのは、隣のうちのすへの子である。
  5. 今日のゑものは、鮒とはへとである。

五 「お」と「ほ」と「を」

「を」の假名は語の上にあるときは「お」と紛れ易く (「お」は語の中と下とにあることなし。) 語の中と下とにあるときは、「ほ」と紛れ易し。「を」の假名を用ふる語は大略左の如し。

を (小)をぢ (伯父・叔父)をば (伯母・叔母)
をとこ (男)をんな (女)をつと (夫)
をひ (甥)をとめ (少女)あを (青)
を (雄・男・夫)ををし (雄々し)いさを (功)
を (尾)をろち (大蛇)とを (十)
みを (澪)さを (竿)みさを (操)
を (緒)をどし (縅)うを (魚)
を (苧)をけ (桶)をさ (筬)
をか (岡)をかし (可笑)をがむ (拜)
をこぜ ()をぎ (荻)をの (斧)
をり (折)しをり (栞)しをる (萎)
をしへ (教)をし (惜)をしどり (鴛鴦)
をち (遠)をとつひ (一昨日)をとゞし (一昨年)
をさむ (治・收・修)をさなし (幼)をさゝゝ (大抵)
をどる (踊)をめく (叫)をはる (終)
まをす (申)

注意

「ふ」の假名の「を」に紛れ易きものは左の如し。

あふぐ (仰)あふぐ (扇)あふひ (葵)
たふす (倒)

練習

左の文に假名の誤あらば、正せ。

  1. 目にあほ葉、山ほとゝぎす、初がつほ。
  2. 手をつひて、歌もうし上ぐるかわづかな。
  3. いにしえのふみ見るたびにおもふ哉、をのがおさむる國はいかにと。
  4. をやおもふ心にまさるをや心、けふのおとづれ何ときくらむ。
  5. けふの雨に萩もおばなもうなだれて、うれえがをなる秋のいふぐれ。

六 「じ」と「ぢ」

「ぢ」の假名を用ふる語は大略左の如し。

ねぢ (螺旋)もみぢ (紅葉)ふぢ (藤)
あぢ (味・鰺)すぢ (筋)ひぢ (臂)
うぢ (氏)なんぢ (汝)かうぢ (麹)
くぢら (鯨)なめくぢ (蛞蝓)かぢ (舵)
わらぢ (草鞋)あぢさゐ (紫陽花)ちゞみ (縮)

練習

左の文に假名の誤あらば、正せ。

  1. 蜻蛉や何のあじあるさほの先。
  2. ながゝゝとかはひとすじや雪の原。
  3. 秋の野にたがぬぎ懸けしふじ袴、來る秋ごとに野べをにをはす。
  4. するがなるふじの高根は、いかづちのをとする雪のうゑにこそ見れ。
  5. 何ごとのをはしますかは知らねども、かたぢけなさに涙こぼるる。

七 「ず」と「づ」

「ず」の假名を用ふる語は大略左の如し。

すゞ (鈴)すゞ (錫)すゞし (凉)
すゞき (鱸)すゞめ (雀)すゞり (硯)
すゞな (菘)すゞしろ (蘿蔔)みゝず (蚯蚓)
ねずみ (鼠)かず (數)きず (傷)
くず (葛)もず (百舌子)かならず (必)
はず (筈)はずみ (機)なずらふ (準)

練習

左の文章に誤あらば、正せ。

  1. 戰ふて、勝たざるなし。
  2. 終を全ふせよ。
  3. 其の聲を聞ひて、其の人を見ず。
  4. 朝に星を戴ひて出で、夕に月を踏んでかえる。
  5. 貴賓の臨塲を辱ふす、
  6. 港口を塞いで、還らむとす。
  7. 仰ひで、明月を望み、伏して、故郷ををもふ。
  8. 天勾踐を空しふすることなし。
  9. 笑ふて答へず、心おのずから閑なり。
  10. 友人を誘ふて野外に遊ぶ。
  11. 視れども、見へず、聽けども、聞こへず。
  12. 敵を追ふて、沙河に至る。
  13. 謀君の家を訪ふた。
  14. 負ふた子におしえられて、淺瀬をわたる。
  15. 私は外國語を學ばふと思ふていた。
  16. 梅の實ははぢめには色があほくて、後にはきひろくなります。
  17. けふは晝まで咲ひていて、あした、また咲けあさがをや。
  18. 學校では兩陛下の御寫眞をおがんで、おいわいの唱歌をうたいます。
  19. むかうに高ひ杉の木が見へましやう。
  20. あしたは三郎さんと海ばたへあそびにまいります。
  21. 朝がをに釣瓶とられて、もらいみず。
  22. 古ゐけやかわず飛びこむみづのをと。
  23. 出ずる峯入る山の端の近ければ、木曾じは月の影ぞみぢかき。

奧書

師範教科 新撰日本文典 上卷
定價 卷上 金二十銭

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