「人名用漢字」と文字コード

公開 : 2005/08/08 © 平頭通

最近、円満字二郎著『人名用漢字の戦後史』(岩波新書)を読み終へた処ですので、其の内容を踏まへて、マイクロソフト社の新しい基本ソフトウェア"Windows Vista"で採用される豫定の"Meiryo"と呼ばれるフォントの関聯の話題を続けたいと思ひます。キーワードは、「漢字の唯一無二性」です。

日本で認められてゐる文字集合の種類

先づ確認の為に、日本ではどのやうな漢字表などの文字集合が認められてゐるのかを確認しておきます。

  1. 「常用漢字表」
  2. 「教育漢字」
  3. 法務省制定の「漢字の表」
  4. 「表外漢字字体表」
  5. JIS規格 "JIS X 0208"
  6. JIS規格 "JIS X 0213"
  7. JIS規格 "JIS X 0221"(Unicode)

「常用漢字表」は、昭和21年に制定された「当用漢字表」に修正を加へて昭和56年に制定された漢字表です。「教育漢字」は、「学習指導要領」に記載された漢字表で、「常用漢字」の中から小学校の学習に必要な漢字を第一学年から第六学年に分けて一覧にされてゐます。法務省制定の「漢字の表」は、「常用漢字表」から漏れた漢字の内、人の名附けに用ゐられる事を目的として定められた漢字群です。従来の名で言へば「人名用漢字」となります。「表外漢字字体表」は、以上の文字集合から漏れた一部の漢字の「印刷標準字体」と「簡易慣用字体」を定めた一覧表です。

JIS規格の漢字の場合、"JIS X 0208"では、第1水準と第2水準とが、"JIS X 0213"では、第3水準と第4水準とが、"JIS X 0221"ではユニコードが夫々規格として定められてゐます。又、"JIS X 0212"では「補助漢字」が定められてゐます。

「人名用漢字」と"JIS X 0208"

"JIS X 0208"は、日本で初めて規定された、漢字が使へる文字集合で、現在情報交換等の分野で広く活用されてゐる文字コードになります。1978年の初規定を皮切りに、1983年や1997年など何度か改定が行はれ、現在に至つてゐます。

此の内、1983年の改定、所謂"83JIS"と「人名用漢字」との関係を少しお話してみます。「人名用漢字」は、昭和56年に「常用漢字」が制定されたと同時に改定され、装ひも新になりました。其の中で、「尭 槙 遥 瑶」等の漢字が追加されました。其の制定を受けて"83JIS"の改定が行はれたのですが、此の時、其れまで「堯 槇 遙 瑤」の例示字体が収められてゐた区点位置に、「人名用漢字」で制定された字体のはうを指定して、其れ迄の例示字体を新に設定した84区に移動してしまつたのです。又、「表外漢字」についても、字体の先取りと呼べるかどうかは別として「鴎」「祷」「涜」等の字体に変更してしまつた区点が246字分あります。詳しくは、「JIS83制定時の変更点」(CyberLibrarian)を参照して下さい。

茲で問題になつたのは、例示字体の変更です。之まで使用できてゐた字体が突然使用できなくなつてしまひました。"78JIS"で電子的に蓄積された記録が、"83JIS"で開いたら別の字体になつて出て来るのですから、大変な事です。更に酷いのは、辞書にも出て来ないやうな字体が幾つも表示されるのですから堪つたものぢやありません。其れでも、インターネットが流行り出す以前だつたのが幸ひだつたのかも知れません。

「人名用漢字」の需要

当初「当用漢字」は、漢字制限を目的に制定されました。併し、子供の名附けに対する漢字の数が少いと云ふ国民の不満が契機となつて、漢字制限の撤廃を含めて色々と議論がなされたやうです。其の結果、国語審議会が譲歩する形で、子の名附けに特化した漢字群の「人名用漢字」が制定されました。其の後、戸籍の係の人の働き掛けや、政治の議論や、裁判の判例等を通じて、何度か「人名用漢字」も改定され、拡大されて来ました。現在の法務省制定の「漢字の表」は、2004(平成16)年の見直し案を元に、之迄の改正に加へて、凡そ人名用に適しない漢字を省いた漢字群が追加されて制定されたものです。改正の経緯で一部の正字体の漢字も加へられてありますが、「同一の字種」とか「括弧外の漢字とのつながり」とか表現するだけで、どちらが正字でどちらが異体字なのかの判断は留保されてゐるやうな状況です。或る意味、賢明な判断かも知れませんが、逃げを打つたとも取られ兼ねません。之は「漢字の唯一無二性」に対抗した結果の一つの答なのかも知れません。

詰り、現在の法務省制定の「漢字の表」は、飽く迄も人名に限つて使用できる漢字の字体を羅列したものでしかないと云ふ事です。どんな漢字の字体でも、要望如何によつては増やされる可能性はあると考へられますが、其の中で、現在二つの制約がある事を踏まへておく必要があります。

国語審議会最後の落し種「表外漢字字体表」

第一の制約として、平成12年に旧国語審議会が最後に答申した「表外漢字字体表」が在ります。之は、「常用漢字」や当時の「人名用漢字」以外の一部の「表外漢字」についての字体を定めた一覧表です。此の答申の1章前文の2項目の(1)の最後のはうに以下の文言があります。

なお, この字体表の適用は, 芸術その他の各種専門分野や個々人の漢字使用にまで及ぶものではなく, 従来の文献などに用いられている字体を否定するものでもない。また, 現に地名・人名などの固有名詞に用いられている字体にまで及ぶものでもない。

詰り、地名や人名などの固有名詞は対象から外されてゐると書いてあるのです。併し乍ら、続く2項目の(2)の文言には、「固有名詞以外にはほとんど用いられないという理由だけで対象漢字から外すことはしなかった」とも書かれてあります。固有名詞に使用されてゐる漢字も立派に対象とされてゐるのです。詰り、此の「表外漢字字体表」は、地名や人名に対して影響を与へる意図があると読取ることが出来ます。さう考へると、人名用の漢字については、国語審議会からよりどころの提供はしますが、規定はしませんから法務省のはうでなんとかして欲しいと読む事が出来ると考へられます。之は、一種の制約と判断する事も出来ます。

文字コードの制約

第二に、文字コードの番号を指定できる数が幾つ在るかと云ふ問題になります。単純計算で1区1点から94区94点迄で、94x94で8836字分の指定が可能です。併し乍ら、非漢字の図形文字も含めなければなりませんから、1面で約8500字分程度でせうか。"JIS X 0213"では、2面分の指定が可能ですから、非漢字を含めて全部で17672字の指定が可能になります。詰り、非漢字を含めて17673字目以降の漢字は必ず切捨てられてしまひます。之を多いと見るか少いと見るかは、各自の判断に委ねます。参考迄に、『角川 新字源』の字種数は、異体字を含めて9920字になりますから、2面あれば十分間に合ひます。

漢字の唯一無二性

「漢字の唯一無二性」とは、『人名用漢字の戦後史』で、著者が使用してゐる用語で、人名に使はれる漢字に対する著者の見解を端的に述べたものです。以下に適当と思はれる一文を引用してみます。

こういったこだわりも、私に言わせれば、漢字の唯一無二性のなせるわざだ、ということになる。「土(右上に点附)」と「土(右下に点附)」は、読み方と意味は「土」と同じだ。しかし、字形が違うという事実の上に、歴史的に降り積った本家と分家の区別というものが重なって、置き換えができなくなっているのである。

之は「土方」さんを例に採つて、「漢字の唯一無二性」が個別の字体に対する拘りにどのやうに影響してゐるかを述べた部分です。之が色々な漢字について展開されてゐる現実が日本社会には存在します。当然「辻」の字の一点之繞と二点之繞の場合も同様の事例に数へられると考へられます。

其の事を踏まへて、法務省が国民一人一人の要望を聞入れて多くの異体字を「漢字の表」に詰込んで行つたとしたら、どうなる事でせう。其の侭進むと人名だけにしか使へない異体字が幾つも幾つも増殖して行く事になります。文字コードの制約は、多く見積つても17672字分しかありません。之を一文字でも超えたらアウトです。其処で出て来るのが、「表外漢字字体表」です。之を使つて、字体に一定の縛りを設ければ、文字コードを有効に活用できる筈です。私は其のやうに考へてゐるのであります。

例示字体

JIS規格に依る文字コードの基準について考へてみます。端的に言へば、"JIS X 0213"の規格票に記載されてある「6.6.2 字体の実現としての字形」(JIS X 0208と0213規格票の包摂関連項目)に「この規格は, 字体の図形的実現としての字形については規定しない。一つの字体の図形的実現としては, デザインの差に基づく複数の字形が考えられるが, この規格はそれらを互いに区別しない」と書かれてあります。更に「常用漢字表」を例に採り、字形の説明に代へてゐるやうな状態になつてゐます。

又、字体の包摂と云ふ考へ方も示されてあります。之は、複数に亙るデザインの差がある漢字の字形に対して、一つの面区点位置を与へる場合の基準のやうなものですが、其の6.6.3.2-本文の備考3. に、「次に示す包摂規準の字体は, どれか一つが他に優先するものではない」と書かれてある事に注目しておきたいと思ひます。飽く迄も、複数ある字形の内の一つを例示してゐるに過ぎないと云ふ態度なのです。

詰り、JIS規格における文字コードの例示字体の規定は、字体其の物を直接的に規定するものではないと判断できます。結局、漢字の字体は「常用漢字表」と「表外漢字字体表」と法務省制定の「漢字の表」との三種類が制定されてあり、同じ漢字を表す複数の字体でどの漢字を使ふのが適切かを制定してゐるのは「常用漢字表」と「表外漢字字体表」の二種類しか無いと結論されます。(適切な字体については別の意見を持つてゐますので、其れは又別の機会に披露致します)

以上が、現在の日本で使はれてゐる漢字の状況になります。

JISコード拡張論に対する異見反駁

結局、見識が不足した見境のない字体追加は控へたはうが宜しい訣なのですが、中々理解できない人がゐるやうなのが残念でなりません。

其の八

では、去年の記事で恐縮ですが、「久我蒼一(くが♪そ〜いち)の不定期日記」2004/10/19 より、

まずは、新人名用漢字で、1997JIS*1の字体で表現できない*2漢字の一覧表を作ってみました。全部で101文字あります。*3

此の字体画像は綺麗に纏められてあると思ひます。其の点、正直に感心致しました。併し、結論として、"83JIS"に少々文字が追加された"97JIS"の例示字体を絶対的な字体として之を認めた上で、其の字体の保護を目的とする内容となつてゐる点は残念に思ひます。以下、其の点を指摘して自論を展開しておきます。

その代わりに1997JISで表現できていた字体が表現できなくなるという問題が発生するのです。その字体は、2004JISでは事実上「追放」されたのと同じになります。

一体、此の人は、"83JIS"の例示字体変更の事件を知つてゐるのでせうか。この事件の為に、現在同じ漢字に対して複数の字体が存在するやうな混乱する状態が作られてしまつたのですから、先づは其処の処を説明しておかなければならないと思ふのですが、其れがなされてゐない処を見ると、此の人は其の事件を知らないのかも知れません。

字体の「追放」等と云ふ過激な表現は如何なものでせうか。先に見た通り、JIS規格の文字コードにおける例示字体は、複数のデザインが存在する字体の内の一つを例示してゐるだけで、字体其のものを優先的に規定してゐる訣ではありません。例へば、一点之繞も二点之繞も同じ偏旁のデザインとして把握した上で、其の内のどちらか一方の形で例示されてゐるに過ぎません。詰り、例示字体の変更はされますが、其れは包摂の基準内での出来事と理解するべきです。

これについて考えられる反論として、「2004JISではあくまでも例示字体を変更しただけであり、1997JISの字体は依然として包摂*8されているから、1997JISの字体が収録されているフォントを使えば、1997JISの字体を使用することができる」というのが考えられます。

さう云ふ反論もあるかも知れませんが、"83JIS"の例示字体を残すよりは、字引に掲載されてある字体を例示字体にするはうが遥かに良いと考へますので、字引や印刷字体に無い"83JIS"や"97JIS"の例示字体を残す必要はないと考へます。其れでも手書きの書体には"83JIS"の例示字体のやうな書き方がある事を理解してゐますから、楷書体など手書き系統のフォントで其のやうな書体を再現するやうなものが出て来ても何等問題はないでせう。其のやうなフォントを使用するしないは個人の判断です。

つまり、2004JISで「追放」された字体が出たのは、上で書いたとおり、国語審議会が使ってほしくないと考えた字体だったからなのです。

「簡易慣用字体」にせよ、「3部首許容」にせよ、使つて欲しくないと云ふ訣ではなく、世間には其のやうな印刷字体もありますから、其れを認めないと云ふ事はありませんよと表現してゐるものと判断するべきでせう。之から先は印刷物に関しては「印刷標準字体」を使ふべきでせうが、だからと言つて「追放」と云ふ訣ぢやありません。

しかし、その「国語審議会が使ってほしくないと考えた字体」の中には、固有名詞で多く使われている字体も含まれています。上のほうで書いた「辻」「樋」「榊」「葛」「薩」などがそうです。

例へば、「3部首許容」の原則に反して、「榊」で「ネ」のサカキと「示」のサカキに対して別々の面区点位置を割当てたとします。さうなると事は其れだけでは収まりません。「社」は在つても「{示土}」は規定に無いから認めろとかの話になり、「示」や「ネ」が偏旁にある漢字群は全て二様の字体を規定しないといけない結果を招きます。然も、其の二様の漢字の内、どちらが適切な字体であるかの指針が無ければ、使用する側は戸惑ふ結果になります。其れでは書く側もさうですが、読む側にも負担を強ひる事になるでせう。さう云ふ点の考察も必要です。

少なくとも2006年には「辻さんや樋口さんや榊原さんが、自分の名字の正確な字体を最新のWindowsがインストールされたパソコンで表示できなくなる」という、大変困った事態が起きるのです。これはかなり大事(おおごと)ではないでしょうか。

大事かどうかは、実際の辻さんや樋口さんや榊原さんや更には葛木さんに訊いてみないと判りません。お話のやうに現在の"83JIS"の例示字体で満足してゐた人もゐるでせうが、自分の姓と違ふ字体しか出せない文字コードに怒りを覚えてゐた人達もゐるでせうし、どちらでも構はないとして気にしない人もゐた事でせう。基準を設けずに例示字体を追加して行けば何れ近い内に17672字を超えてしまひます。さう云ふ事を総体的に考へて、では何故適切な字体が必要なのかを改めて考へ直す必要があるでせう。

そして、かつてテレビ東京系で放送されていた「ジカダンパン」が新人名用漢字追加のきっかけになったように、世論を動かして、画像3の2004JISで「追放」された字体の「復権」を目指すべきです。

私は此の番組を観てゐなかつたんですが、『人名用漢字の戦後史』(p.199)に、話題の一つとして掲載されてゐます。何でも「舵」の字が名附けに使へないのは困るだとかなんだとか。確認してみたら、「表外漢字字体表」と現在の法務省制定の「漢字の表」には掲載されてありました。「舵」は「常用漢字」の異体字とかにはならないから要望としては的を射てゐると考へます。

併し乍ら「辻」や「樋」や「榊」や「葛」等の場合は、異体字の関係にある字体ですから、「舵」の例と同様に取扱ふ訣には行かないと考へられます。

此の人の場合、現在の"JIS X 0208"で規定された例示字体が絶対的な字体であると認識した上で、其の字体の保護を目的に論を展開してゐます。併し乍ら、此の論では、自論が実現された後の将来展望が見通せてゐないと云ふ落し穴があります。又、唯人名だけの為に同じ字音字訓字義の漢字の異体字を異なつた面区点位置に指定する事が、どう云ふ結果を招くのかと云ふ考察が抜け落ちてゐるのです。略字や異体字など人名だけにしか使へない漢字の字体を増やす事にどれだけ意味があるのか今一度反省する必要があるでせう。

結論

漢字制限も馬鹿げた話ですが、筋を通さずに漢字の字体だけを増やして行く遣り方も困つたものです。一刻も早く、正字(適切な字体)の筋を通した上で、其の周りにある様々な字体や書体との関係が示せる漢字の体系に戻して貰ひたいものです。

参考資料

關聯頁

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