仮名遣の勧め

公開 : 2005/09/26 © 平頭通

今何故仮名遣なのか

現在の世では、特に不自由無く「現代仮名遣い」が行はれてゐます。之も日本の学校教育と出版業界の努力の賜物だと思ひます。「現代仮名遣い」は、大体現代語音に合せて仮名を書表す事を其の規則としてありますが、「じ」「ぢ」や「ず」「づ」や助詞の「は」「へ」「を」等、現代語音だけでは書分けられない仮名も少からず存在します。当然、語に依つてどちらか一方の仮名を遣ふのが正しいとなるのですが、一体、「現代仮名遣い」の内容だけでこの仮名を遣ひ分ける事が出来るのでせうか。

又、現代は「現代仮名遣い」で書表せる範囲で話し言葉が話されてゐるやうですから、まだいいのですが、将来的に発音の増減が発生した場合に、此の「現代仮名遣い」はどのやうに対処するのでせうか。例へば「し」と「ひ」とが混同された結果、どちらか一方の発音に統合されてしまつた場合に、では其れ迄、発音に因つて容易に書分けられて来た仮名を発音の混同が発生して以降はどのやうにして表記するのか、現在の「現代仮名遣い」の規定から読取る事が出来るのでせうか。

私は、書き言葉と話し言葉とは区別して考へるべきだと思つてゐます。簡単に言へば、口から出て耳に這入るのが話し言葉であり、又、手から出て目に這入るのが書き言葉なのであります。出入口が共に違ふのですから、当然夫々の由るべき法則にも変化があつて然るべきとの考へに至る訣なのです。更に、書き言葉と話し言葉には同じ言葉でも様々な相違があります。話し言葉の場合、話した後には音声が消えたと同時に言葉は消えてなくなつてしまひますが、書き言葉の場合は、書かれた紙なり何なりの媒体が残つてゐる限り、其の言葉は残り続けます。時を越えての意志の疎通が可能である点が書き言葉の最大の特徴であると云へるでせう。

文字が書かれると云ふのは、其の侭、残されると云ふ意味合になります。残された文書は、いつ誰に読まれるとも知れません。其処で、之が残される場合に、言葉をどのやうに記録すれば良いのかと云ふ問題が発生する訣なのです。其の問題を解決する一つの方法として此の仮名遣が考案されました。

仮名遣の本当の意味

巷には「現代仮名遣い」が流布して、普通に之が行はれてゐます。言はば、現在の日本語表記に当り前のやうに使はれてゐるのが此の「現代仮名遣い」なのであります。「現代仮名遣い」が現代の主流の「仮名遣い」なのであるならば、其れ以外の仮名遣は古い仮名遣だから「旧仮名遣い」と呼ぶのもまあ判らないでもありませんが、さう表現する前に少し考へてみませう。

日本語の仮名は、表音文字と呼ばれます。音を代表する事はできるが、一文字だけでは意味を為さず、複数の文字を組合せて一つの語を形成する文字を表音文字と云ひます。仮名の一つ一つには夫々代表とする音があります。なので、其の音に従つて仮名を書表さうと云ふ考へ方が生れます。音を仮名文字で写して行くだけですから、表記方法の一つではあつても、この方法は仮名遣とは呼ばれません。「現代仮名遣い」も現代語音を書表す事を旨としてゐる意味では、表音的表記の一種であると言へます。現代の日本人の殆ども、仮名は音を書表してゐると思つて疑はない人が趨勢でせう。でも、この表記方法は、仮名遣と呼ぶ事が出来るのでせうか。

仮名遣は、音と仮名との対応が確りとしてゐた時代には考慮されませんでした。「この音を書く時はこの仮名が使へる」と憶えておけばいいのですから、其れでいいのです。ですが、語の発音は時代を追ふに従つて変化して行きます。其れはどの言語にも共通してゐます。同時に文字を持つ言語の場合は、書かれた言葉も時代を追ふ毎に増えて行きます。発音が変化した結果、同音の仮名が幾つか出て来ました。其の頃から仮名遣が問題にされるやうになりました。詰り、同音の仮名をどのやうに書分けるべきかを決めたのが仮名遣の本来の意味になるのです。

仮名遣は必要か

次に、仮名遣の必要性について考へてみます。私達現代の日本人は、発音が文字になつて表記できてゐれば、書き言葉になつてゐても読む事が出来ると思つてゐます。「現代仮名遣い」自体が其のやうな考への基に規定されてゐるから、其のやうに思つてしまふのも無理もなからうかと思ふのですが、果してさう考へて良いのでせうか。

私は先に、「文字が書かれると云ふのは、其の侭、残されると云ふ意味合になります」と申しました。紙になつて残されたら、其れは後々の人にも読まれる可能性があるのです。其の場合、各々の語の書き方に変化が生じてゐたとしたら、其の文章が読まれ難くなつてしまふ事があり得ます。其処の処を先づは理解するべきです。通常、語を書表す場合には、複数の文字を決つた順番で書き並べる事で表現されます。其の書表されるべき語自体が、時代に依りはたまた地域に依り区々になつてしまつてゐたらどうでせう。或る一つの語に複数の書き方が在り、使用の場面に無関係に出現して来たら、其れは混乱の状態であると看做されます。其れでは書き言葉として用を為しません。

国語学者の橋本進吉博士は、此の件について次のやうに言はれました。「表記法は音にではなく、語に随ふべし」。詰り、語を書表す為には仮名遣が必要だと述べられたのです。語を書表す方法の一つとしての仮名遣は、発音との対応が可能な範囲で、其れ迄書かれ続けて来た語の表記を保存すると云ふ道を選んだ訣です。其の基準の一つとしてイロハ四十七文字が混同されずに書分けられてゐた時代に遡つて表記を定めると云ふ方法が生れたのです。

又、「現代仮名遣い」でも、助詞の「は」「へ」「を」は、現代語音に逆らつて歴史的仮名遣の表記が保存されてゐますし、「じ」「ぢ」や「ず」「づ」の書分けなどと云ふ語意識に基づいた書分けが行はれたりもしますし、「とおり」(通)や「こおり」(氷・郡)や「おおい」(多・被・蓋・覆・蔽)なども、歴史的仮名遣での書き方を知らなければ仮名表記が出来ないやうになつてゐます。さう考へた場合、幾ら表音的な表記を目指してゐると言つてゐる「現代仮名遣い」であつても、部分的ではありますが「表記法は音にではなく、語に随ふべし」と云ふ考へ方が生残つてゐると言はざるを得ません。

以上を考へ合せれば、仮名遣の必要性は十分理解できると思はれます。

仮名遣の実際

其処で、仮名遣を実際に活用する場合、どのやうにしたら良いのかを考へてみたいと思ひます。先づ基本となる考へ方をお浚ひしておきます。第一に「同音の仮名を語によつて使ひ分けること」、第二に「表記法は音にではなく、語に随ふべし」、此の二点は常に念頭に置いておいて下さい。

仮名遣は表音文字の仮名を使用しますから、表音を意識する必要があります。又、過去から書かれ続けた実績のある語を保存する必要もあります。之等の二点の問題について、どのやうにして折合ひを附けるのかが之からお話する内容になります。其れには二つの方法が考へられます。

  1. 表音よりも、過去から書かれ続けた実績を尊重する方法
  2. 過去から書かれ続けて来た実績を踏まへた上で、発音の変化を表記に反映させる方法

以上、二点の方法を適宜使分けて、仮名遣が成立してゐます。具体的にお話すれば、「実績を尊重する場合」の法則がハ行転呼音になります。之は、語中語尾や助詞の「は」「へ」等に表れる「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」が話し言葉では「ワ」「イ」「ウ」「エ」「オ」に発音される事を云ひます。併し乍ら、話し言葉で語中語尾に「ワ」「イ」「ウ」「エ」「オ」が出て来たからと言つて必ず「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」と書かれる訣ではないと云ふ点は注意が必要です。更に、従来から言はれてゐる、「い」「ゐ」や「え」「ゑ」や「お」「を」や「じ」「ぢ」や「ず」「づ」の書分けも「実績を尊重する場合」に該当します。又、「発音の変化を表記に反映させる場合」の法則が音便表記になります。現在認められてゐるのは「イ音便」「ウ音便」「撥音便」「促音便」の四種類になります。此の音便表記は先づ元となる表記が在り、其の関聯から導かれる表記として理解されねばなりません。

此のやうな法則に則つて各々の語の表記を定める事で、仮名遣が成立してゐます。此の仮名遣は、過去から現代まで続いて来た日本語の表記を未来へと繋いで行く事が可能な唯一の仮名遣である事を理解して下さい。決して現代の日本語に対応した「現代仮名遣い」に引けを取らない仮名遣である事、又、本来は之が仮名遣と呼ばれねばならない事を理解して下さい。

文章の中の仮名遣

日本語は仮名だけでも表記は出来ますが、此の表記は一般的ではありません。実際の日本語の文章では、漢字仮名交じり文を使用します。名詞や動詞の語幹や形容詞の語幹を(コトバ)と申しますが其の殆どの場合は、漢字で表記が為されます。之は「現代仮名遣い」を使つた文章でも同じ事です。語の表記としての漢字漢語が一定してゐれば、詞の仮名遣は変遷があつても構はないと言へます。正直な処、詞の仮名遣は「現代仮名遣い」でも用は足りますが、「ジフ」(十・拾)等の個別の語で改善の餘地はあると思はれます。処が詞とは異なり、助詞や助動詞などの(テニヲハ)や動詞の活用語尾や形容詞の活用語尾の場合は、其の殆どが文章として書かれる時、仮名で表記されます。仮名遣は、先に申し上げた通り「同音の仮名を語によつて使ひ分けること」を云ひますから、仮名遣が辞や用言の活用語尾として文章の表記に反映される必要が生じて来ます。仮名遣に基づく代表的な表記は「ハ行四段動詞の活用語尾」と、「ヤ行下二段動詞の活用語尾」と、「生ひる」「強ひる」と、「老いる」「悔いる」「報いる」と、「ゐる」「用ゐる」「率ゐる」と、「恥ぢる」「怖ぢる」「閉ぢる」「綴ぢる」と、「植ゑる」「飢ゑる」「据ゑる」と、助動詞の「でせう」「ませう」と、助詞の「は」「へ」「を」「さへ」等でせう。後は送り仮名の関係で「先づ」とか「自づから」等を憶えておけば取敢へず事は足りると思ひます。委しくは、「仮名遣の実践」のはうに述べておきます。詞の仮名遣は、必要に応じてゆつくりと憶えて行けば宜しいでせう。

実際に書く時は

実際に書く時は注意が必要です。先づ、現代の日本には「現代仮名遣い」に慣れ切つてしまつた人が多いので、本来の仮名遣で書かれた文章に対して読み難さを感じる人が少からず存在するからです。其れにしても、戦前に刊行された書物等も沢山現存しますし、現在でも本来の仮名遣で発刊してゐる書物も幾らかは在ります。先づさう云ふ本を実際に読む処から始めて下さい。読み進めて行けば、実際の仮名遣がどう云ふものか、理解できて来ると思ひます。決して世間で云はれるやうな「テフテフとか書くんだらう」と云ふやうなものではない事は判ると思ひます。そして、日記など個人的な文章で此の仮名遣を使つて書いてみるのも理解の一助になると思ひます。

色々な場面で本来の仮名遣の文章を書く事が出来るといいのですが、公的な場面では矢張り「現代仮名遣い」が使へなければなりません。使ひ場所を適宜選び乍ら、文章を残して行つて貰へれば宜しいでせう。最後に「現代仮名遣い」の規定の一部から或る文を引用しておきます。

8 歴史的仮名遣いは, 明治以降, 「現代かなづかい」(昭和21年内閣 告示第33号)の行われる以前には, 社会一般の基準として行われてい たものであり, 今日においても, 歴史的仮名遣いで書かれた文献など を読む機会は多い。歴史的仮名遣いが, 我が国の歴史や文化に深いか かわりをもつものとして, 尊重されるべきことは言うまでもない。ま た, この仮名遣いにも歴史的仮名遣いを受け継いでいるところがあり, この仮名遣いの理解を深める上で, 歴史的仮名遣いを知ることは有用 である。付表において, この仮名遺いと歴史的仮名遣いとの対照を示 すのはそのためである。

安心して下さい。此処まで読めれば貴方も必ず仮名遣の使ひ手になる事が出来ます。

参考資料

関聯頁

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