假名遣改定案について(その二)
四、國語假名遣改定案
改定案の主文は左の如くである。
第一
ゐ、ゑ、を は、い、え、お に改める。たゞし助詞の を を除く。
例
- 一 ゐ を い に改めるもの
- いど(井戸(ヰド)) いのしゝ(猪(ヰノシシ)) くわい(慈姑(クワヰ))
- まいる(參(マヰ)る) いる(居(ヰ)る)
- 二 ゑ を え に改めるもの
- こえ(聲(コヱ)) つえ(杖(ツヱ)) すえ(末(スヱ))
- うえる(植(ウ)ゑる) すえる(据(ス)ゑる)
- たゞし、醉ふ(ゑふ)は よう に改める。
- 三 を を お に改める
- おけ(桶(ヲケ)) おか(岡(ヲカ)) うお(魚(ウヲ))
- おどる(踊(ヲド)る) おしえる(教(ヲシ)へる) しおれる(萎(シヲ)れる)
- おかしい(をかしい) おしい(惜(ヲ)しい) あおい(青(アヲ)い)
第二
ぢ、づ は じ、ず に改める。
例
- 一 ぢ を じ に改めるもの
- くじら(鯨(クヂラ)) ふじ(藤(フヂ)) わらじ(草鞋(ワラヂ))
- ねじる(捻(ネ)ぢる) はじる(恥(ハ)ぢる) よじる(攀(ヨ)ぢる)
- 二 づ を ず に改めるもの
- うずら(鶉(ウヅラ)) うず(渦(ウヅ)) みず(水(ミヅ))
- ゆずる(讓(ユヅ)る) うずめる(埋(ウヅ)める) さずける(授(サヅ)ける)
- めずらしい(珍(メヅ)らしい) はずかしい(恥(ハヅ)かしい)
- しずかに(靜(シヅ)かに) まず(先(マヅ))
第三
わ に發音される は は わ に改める。たゞし助詞の は は除く。
例
- かわら(瓦(カハラ)) かわ(河(カハ)) にわ(庭(ニハ))
- あらわす(著(アラハ)す) まわる(廻(マハ)る) こわれる (毀(コハ)れる)
- あらわぬ(洗(アラ)はぬ) きらわぬ(嫌(キラ)はぬ) さそわぬ(誘(サソ)はぬ)
- かわいらしい(かはいらしい) くわしい(委(クハ)しい) けわしい(險(ケハ)しい)
- にわかに(俄(ニハ)かに) すなわち(則(スナハチ))
第四
い に發音される ひ は い に改める。
例
- うぐいす(鶯(ウグヒス)) たい(鯛(タヒ)) はい(灰(ハヒ))
- ついやす(費(ツヒヤ)す) たいらげる(平(タヒラ)げる)
- ならいます(習ひます) わらいます(笑ひます) まいます(舞ひます)
- ちいさい(小(チヒ)さい) こいしい(戀(コヒ)しい)
- ついに(遂(ツヒ)に)
第五
お に發音される ふ は お に改める。
例
- あおい(葵(アフヒ))
- あおる(煽(アフ)る) あおぐ(仰(アフ)ぐ) たおす(倒(タフ)す)
第六
う に發音される ふ は う に改める。
例
- あらう(洗ふ) まう(舞ふ) やとう(傭ふ)
- あやうい(危(アヤフ)い)
第七
え に發音される へ は え に改める。たゞし助詞の へ を除く。
例
- かえる(蛙(カヘル)) いえ(家(イヘ)) まえ(前(マヘ))
- かえる(歸(カヘ)る) さえずる(囀(サヘヅ)る)
- さそえ(誘へ) ひろえ(拾へ)
- さえ(助詞、さへ)
第八
お に發音される ほ は お に改める。
例
- いきおい(勢(イキホヒ)) かお(顏(カホ)) しお(鹽(シホ))
- なおす(直(ナホ)す) におう(匂(ニホ)ふ)
- なお(猶(ナホ))
第九
ウ列長音に發音される くふ、すふ、ぬふ、ぶふ、ゆふ、るう の類の ふ は う に改める。
例
- くう(食(ク)ふ) すう(吸(ス)ふ) ぬう(縫(ヌ)ふ) おぶう(負(オブ)ふ) ゆう(結(ユ)ふ) くるう(狂(クル)ふ)
- ゆうだち(夕立(ユフダチ))
- たゞし ユ の長音に發音される いふ(言)は ゆう に改める。
第十
オ列長音に發音される おふ、そふ、のふ、もふ、よふ、ろふ の類の ふ は う に改める。
例
- うけおう(請負(ウケオ)ふ) あらそう(爭(アラソ)ふ) きのう(昨日(キノフ)) おもう(思(オモ)ふ) まよう(迷(マヨ)ふ)
- ふくろう(梟(フクロフ))
第十一
オの長音に發音される はう、オ列長音に發音される わう、あふ、おほ は おう に改める。
例
- 一 はう を おう に改めるもの
- あおう(逢(ア)はう) かおう(買(カ)はう) まおう(舞(マ)はう)
- こおう(強(コハ)う) しおう(吝(シハ)う)
- 二 わう を おう に改めるもの
- よおう(弱(ヨワ)う)
- 三 あふ を おう に改めるもの
- おうぎ(扇(アフギ)) おうち(楝(アフチ))
- 四 おほ を おう に改めるもの
- おうかみ(狼(オホカミ)) おうやけ(公(オホヤケ))
- しおうせる(爲遂(シオホ)せる)
- おうい(多(オホ)い) おうきい(大(オホ)きい)
第十二
オ列長音に發音される かう、こほ は こう に、がう は ごう に改める。
例
- 一 かう を こう に改めるもの
- こうがい(笄(カウガイ)) こうじ(麴(カウヂ)) こうべ(神戸(カウベ))
- さこう(咲かう) きこう(聞かう)
- こうばしい(かうばしい)
- あこう(赤(アカ)う) ちこう(近(チカ)う) こう(斯(カ)う)
- 二 こほ を こう に改めるもの
- こうり(氷(コホリ)) こうろぎ(螽斯(コホロギ))
- とゝこうる(滯(トトコホ)る)
- 三 がう を ごう に改めるもの
- いそごう(急がう) なごう(長(ナガ)う)
第十三
オ列長音に發音される さう は そう に改める。
例
- はなそう(話さう) かえそう(返さう) ちらそう(散らさう)
- あそう(淺(アサ)う) くそう(臭(クサ)う)
- そう(然(さう))
第十四
オ列長音に發音される たう、とほ、とを は とう に改める。
例
- 一 たう を とう に改めるもの
- とうげ(峠(たうげ)) たとうがみ(畳紙(タタウガミ))
- うとう(打たう) かとう(勝たう) たとう(立たう)
- いとう(痛(イタ)う) かとう(堅(カタ)う) つめとう(冷たう)
- 二 とほ を とう に改めるもの
- とうる(通(トホ)る)
- とうい(遠(トホ)い)
- 三 とを を とう に改めるもの
- とう(十(トヲ))
第十五
オ列長音に發音される なう は のう に改める。
例
第十六
オ列長音に發音される はう、はふ、ほほ は ほう に、ばう は ぼう に、ぱう は ぽう に改める。
例
- 一 はう を ほう に改めるもの
- ほうき(箒(ハウキ))
- ほうむる(葬(ハウム)る)
- 二 はふ を ほう に改めるもの
- ほうる(投(ハフ)る)
- 三 ほほ を ほう に改めるもの
- ほうずき(酸漿(ホホヅキ)) ほう(頰(ホホ)) ほうのき(朴木(ホホノキ))
- 四 ばう を ぼう に改めるもの
- あそぼう(遊ばう) とぼう(飛ばう) はこぼう(運ばう)
- 五 ぱう を ぽう に改めるもの
- すつぽう(すつぱう 酸)
第十七
オ列長音に發音される まう、まふ は もう に改める。
例
- 一 まう を もう に改めるもの
- もうける(儲(マウ)ける) もうす(申(マウ)す)
- あゆもう(歩まう) やすもう(休まう) たのもう(賴まう)
- あもう(甘(アマ)う) せもう(狭(セマ)う)
- 二 まふ を もう に改めるもの
- すもう(角力(スマフ))
第十八
オ列長音に發音される やう、よほ は よう に改める。
例
- 一 やう を よう に改めるもの
- ようか(八日(ヤウカ))
- はよう(早(ハヤ)う)
- ようやく(漸(ヤウヤ)く)
- 二 よほ を よう に改めるもの
- もようす(催(モヨホ)す)
第十九
オ列長音に發音される らう は ろう に改める。
例
- いのろう(祈らう) かえろう(歸らう) とうろう(通らう)
- くろう(暗(クラ)う) かろう(辛(カラ)う) あろう(粗(アラ)う)
第二十
ウ列拗音の長音に發音される きう は きゅう に改める。
例
第二十一
ウ列拗音の長音に發音される しう は しゅう に改める。
例
- しゅうと(舅(シウト)) しゅうとめ(姑(シウトメ))
- あたらしゅう(新しう) かなしゅう(悲しう)
- すゞしゅう(凉しう)
第二十二
オ列拗音の長音に發音される けふ は きょう に改める。
例
第二十三
オ列拗音の長音に發音される せう は しょう に改める。
例
- まいりましょう(參りませう) そうでしょう(さうでせう)
右の改定は主として發音通りに書きあらわすことを目的とし、またその主旨の徹底を期したものであるから、たゞ二三の點だけについて説明を加えておく。
助詞の を、は、へ を除外して、この三つだけをもとの假名遣通りに書くことにしたのは、不徹底の嫌はあるが、この三つの助詞だけは、一般の人々との親しみのことに深いもので、これを お、わ、え と書くと奇異の感じをいだく人が多いから、急激な變化を避ける意味で、これだけを除外例としたのである。
ゐ、ゑ、を(助詞を除く)を い、え、お と書くことに改めたのは、現代の標準的發音では、ゐ、い、ゑ、え、を、お の區別が失われて、すべて い、え、お に發音されるようになつてゐるからである。助詞の を に除外例を認めたのも、助詞のをがもとのまゝに發音されてゐるからとゆうのではない。
ぢ、づ を じ、ず に改めることにしたのも、これを全國的に見て、ぢ、じ、づ、ず を區別して發音する地方と じ、ず に發音する地方とが相半していて、しかも東京語ではそれが じ、ず の發音になつているからである。もつとも、東京語の發音については學者の間に異論もあるけれども、統一上から じ、ず の方に一定することになつたのである。
参考資料
- 「官報」第3745號附録、大正14年2月18日(水曜日)、雜報84