正字正かなの正

公開 : 2005/09/14 © 平頭通

正しいと云ふ言葉について

正しいと聞くと、正しいとされる事柄以外のものは全て誤りのやうに受止めてしまふ人がゐると思ひますので、少し説明を加へておく事に致します。実は、日本の政府が定めてゐると云ふ意味では、「常用漢字」や「現代仮名遣い」も正しい漢字であり、又、正しい仮名遣である事に間違ひはありません。唯、此の場合の正しいと云ふのは、規定された以外のものを排除する正しさを指してゐます。訓令や告示で定められてゐない事柄に対しては、本文における其の正しさについての規定がありませんから、幾ら「前書き」等に尊重云々と記載されてゐても、其れを以て正しいとは云へないと思ひます。此の正しさには、誤りを排除する概念が含まれてゐます。さう考へれば、「当用漢字」や「現代かなづかい」は、「常用漢字」や「現代仮名遣い」の制定で廃止になつてしまつた訣ですから、正確に言へば共に誤りとなります。

正字正かなの正しさについて

実は、正しいと云ふ言葉には、「きちんとしてゐる。整つてゐる」と云ふ意味もあります。法の規定も或る意味では「きちんとしてゐる」や「整つてゐる」と云ふ意味に受取れると思ふのですが、殊「常用漢字」や「現代仮名遣い」の場合は、この意味には該当しないと考へられます。

正字について

茲で言ふ正字とは、きちんと整つてゐる字体を云ひます。では、どう云ふ字体を指してきちんと整つてゐると表現できるのでせうか。

「常用漢字」の場合、「仏、払、広、拡」等に見られる「ム」を漢字の構成要素にした字体が幾つか在ります。之等は全て「新字体」と呼ばれてゐる略字の一種なのですが、元の字体で示すと夫々「佛、拂、廣、擴」と、全く別の系統の文字になつてしまふのです。「弗」の系統の場合、「沸」は「常用漢字」でもほぼ其の侭の字体を使つてゐるので、本来は「沸、佛、拂」が同系統の文字になります。従つて、「黄、廣、擴、横」の場合とは別系統になるのが理解できると思ひます。かう見るとお世辞にもきちんと整つてゐるとは言へないでせう。更に視野を拡げると、「常用漢字」の更に外側を覆ふやうに、旧国語審議会答申の「表外漢字字体表」が在ります。之は、現在の印刷物等に使はれてゐる印刷字体を確認した字体表なのですが、戦後一貫して「当用漢字」や「常用漢字」の影響を受けなかつた為、戦前から使用されて来た字体がほぼ其の侭の形で残されて来ました。結果的に示偏や食偏や之繞の偏旁が「常用漢字」と「表外漢字字体表」との間で食違ひを起してしまひました。其の点でもきちんと整つてゐると言ふ事は出来ません。

きちんと整つてゐると云ふ意味での正字は、先づ、此のやうな字体の不整合が解消されてゐる事が前提になります。「沸、佛、拂」の系統の文字と、「黄、廣、擴、横」の系統の文字とが、違ふ系統の文字であると云ふのが目で見て確認できる事、同じ示偏や食偏や之繞など同じ偏旁の文字は、常に同じ形で現れる事、之は字形の上できちんと整つてゐると言へる最低限の条件であると云へます。

又、其の上で、文字の定義として、字音や字訓や字義が確りと定義できてゐる必要があります。其処迄して初めて「きちんとしてゐる。整つてゐる」の意味での正字であると認める事が出来るでせう。さう考へて行くと、どうしても所謂康煕字典体が正字として最も相応しいと云ふ結果になります。

正仮名遣(正かな)について

抑々、仮名遣と云ふものは、同音の仮名をどのやうに遣ひ分けるかと云ふ問題を解決する為に存在するものなのです。同音であればどの仮名を遣つてもいいと云ふのであれば、仮名遣は必要ありません。同音の仮名を語に依つて遣ひ分けようとした結果、仮名遣が成立した訣です。其の為に、語の表記の基準としてきちんと書分けられてゐた時代の表記を元にする事になつたのです。

現在趨勢の「現代仮名遣い」は、現代語音に基づいて書表す事が基本になりますから、過去の表記には存在しない表記も発生してゐます。例へば「びょう」ですが、「廟、描、秒、苗」が「ベウ」で、「病」が「ビャウ」になります。「びょう」などと云ふ字音はありませんでした。又、「イウ」「ユウ」の字音は「ユー」と発音するから「ゆう」と書く事になつたのですが、同じく「ユー」と発音する事もある「いふ」(言)は「いう」と書くと言ひます。之まで無かつたやうな表記を創作したり、同じ発音の表記を幾つかに分けて表記してみたりで、統一された表記の法則が無いのが、「現代仮名遣い」の規定です。其れは、「じ」「ぢ」や「ず」「づ」の書分けで顕著に現れます。

本来の仮名遣の場合は、先づ、之まで書き続けられて来た実績を尊重します。其れ等の膨大な数に上る表記の蓄積を検討して、混乱した表記のある語についてどのやうに表記するのが最も相応しいのかを、比較的に混乱の少い時期の表記にまで遡つて規定するのです。いきなり発音に合せるのではなく、先に過去の表記から範を採ると云ふのが、本来の仮名遣の基礎になつてゐます。以上を踏まへた上で、一部の表音的な表記を認める音便表記と呼ばれる便法も採用されてゐます。実際に仮名表記を行ふ際は、本来の仮名遣でも表音を意識しますが、同じ発音に複数の表記方法がある場合に限つて、語意識が働く事になります。

さう考へて行くと、過去の表記を範にし実証主義に基づいて整へられた本来の仮名遣が、正仮名遣として最も相応しいと云ふ結果になります。

各論

正字正かなと云ふと、其れだけが正しいのではないと云ふ批判を受ける事があります。慥かに其れは一理あります。正しさの基準が違へばお互ひに相手の論は誤りであると看做される訣ですから、絶対的な正しさと云ふのは無いでせう。併し乍ら茲で云ふ正しさは如何にきちんと整つてゐるかを表現してゐますから、正字正かな以外の表記方法を誤つた表記だと否定してゐる訣ではありません。「常用漢字」にせよ、「当用漢字」にせよ、「現代仮名遣い」にせよ、「現代かなづかい」にせよ、表音的表記にせよ、正字正かなと比較すれば、きちんと整つてゐるとは言ひ難いとなる訣です。

「常用漢字」や「現代仮名遣い」は、国が規定してゐるから正しいと云ふのならば、其れは権威主義になります。所謂康煕字典体と云ふと、清朝皇帝二代目(ヌルハチから数へれば四代目)の康煕帝の権威に寄掛つてゐるとも言はれますが、『康煕字典』を金科玉条とするのであれば、日本国内でしか通用しない国字は使へませんし、魚偏や木偏の漢字に多く見られる国訓も認められない事になります。飽く迄も『康煕字典』に記載されてゐる様々な見出し文字の字体を模範にして、日本語の表記に使はれる漢字の字体を決定してゐるのだと云ふのが、所謂康煕字典体と呼ばれる字体になります。国が規定してゐる漢字や仮名遣が正しいと言ふのであれば、規定が改正される度に正しいと呼ばれるものの中身が変化する事になります。之が本来の権威主義です。

何故学校で正字正かなを教へないのだと云ふ疑問もあると思ひます。学校は、決められた事を教へる為の施設です。義務教育では「常用漢字」(小学校では「教育漢字」)と「現代仮名遣い」の範囲で教へるやうに決められてゐる為、正字正かなを教へる餘裕が無いのかも知れません。誠に申し訳ありませんが、自学自習で修得して下さい。

何故「旧字体」や「旧仮名遣い」を、正字とか正仮名遣とか言ふのかと言はれる事もあります。「旧字体」に対向する呼び名は「新字体」です。「新字体」は、「当用漢字」の規定で此方のはうが正しい字体であると新たに決めた字体と云ふ意味になります。正字は「当用漢字」や「常用漢字」の規定とは異なる基準に拠つて成立つてゐますから、「当用漢字」や「常用漢字」の規定から離れて考へなければなりません。其の意味で「旧字体」の呼び名は意図して使用しません。正字に対向する呼び名は異体字になります。異体字には俗字や略字などが含まれてゐます。又、「旧仮名遣い」も「現代仮名遣い」に対向する呼び名として使用されてゐます。茲では明治から昭和の終戦まで一般的に使用されてゐた仮名遣を指して正仮名遣と呼びます。私の場合は、幕末以前の表記に使はれた定家仮名遣などを旧仮名遣と呼ぶ事はありますが、正仮名遣(正かな)を「旧仮名遣い」と呼ぶ事はありません。

正字正かなは本当に正しい日本語なのかと云ふ疑問があるかも知れません。正しい日本語と言ふ場合、話し言葉と書き言葉との二つの次元に分けて論じる必要があります。話し言葉の場合は、母親などの身近な人々が話す言葉が基準になります。家族や地域などの生活共同体が共通して使ふ言葉が正しい話し言葉になります。書き言葉の場合は、文字と語に分けられます。文字は、字形が全般的に整へられてゐるかどうか、一つ一つの文字の定義が確りしてゐるかどうか、と云ふ点が吟味される必要があります。其れ等の条件について問題がなければ正しい文字と認められられます。語の場合は、過去から書かれ続けられて来た実績が基準になります。同じ語に複数の書き方が存在する場合は、時代を遡つて混乱の無い時期の表記を採用する事になります。従つて、混乱の無い時期の表記に基づいて一つ一つの語の正しい書き方が決められてゐる訣なのです。結果的に、正しい文字(正字)と正しい語(正かな)を文法に則つて使つた表記が正しい書き言葉になります。

「常用漢字」や「現代仮名遣い」は、現在日本で広く通用する一般的な日本語表記だから正しいのだと云ふ意見もあります。でも、之は正しいと云ふのではなく、唯単に一般的であると云ふだけの話です。便宜として「常用漢字」や「現代仮名遣い」や、異体字や表音的表記も有りだとは思ひますが、其れを正しいと判断すると之は便宜主義になります。正字正かなは、便宜主義ではありませんから、便宜的な表記と正しい表記とを区別します。

又逆に、正字正かなが唯一正しい表記だから其の他の表記方法は絶対に認められないと云ふ考へ方をしてゐる人もゐるかも知れません。きちんと整つた日本語表記としての正字正かなを正当に評価するのであれば問題ないのですが、其れが行過ぎて外のものを排除するやうな姿勢を示すのも考へものです。「常用漢字」や「現代仮名遣い」や表音的表記は便宜の為の表記として認めた上で、夫々の表記方法の使ひ所を区別するはうが宜しいかと思ひます。さう云ふ臨機応変の態度こそ求められるべきと考へます。

綜括

正字正かなは、きちんと整つた日本語の表記方法を言ひます。決して正しくないものを排除するやうな「正」の概念ではありません。ですので、其の他の様々な表記方法も便宜としては認めてゐます。

関聯頁

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