字音仮名遣で一番障壁となるのが、茲で扱ふ長音の仮名遣だと思はれます。其処で、茲では長音に纏はる字音仮名遣を簡単に解説する事にします。
以下に長音に関係する字音仮名遣の一覧を示してみます。
au | ahu | iu | ihu | uu | eu | ehu | ou | ohu | yau | yuu | you | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
あう | あふ | いう | いふ | えう | えふ | おう | おふ | やう | ゆう | よう | ||
k | かう | かふ | きう | きふ | くう | けう | けふ | こう | こふ | きやう | きゆう | きよう |
s | さう | さふ | しう | しふ | すう | せう | せふ | そう | しやう | しゆう | しよう | |
t | たう | たふ | ちう | つう | てう | てふ | とう | ちやう | ちゆう | ちよう | ||
n | なう | なふ | にう | にふ | ねう | のう | にゆう | によう | ||||
h | はう | はふ | ひう | ふう | へう | ほう | ほふ | ひやう | ひよう | |||
m | まう | めう | もう | みやう | ||||||||
r | らう | らふ | りう | りふ | れう | れふ | ろう | りやう | りゆう | りよう | ||
w | わう | をう | ||||||||||
kw | くわう | |||||||||||
g | がう | がふ | ぎう | ぐう | げう | げふ | ごう | ごふ | ぎやう | ぎよう | ||
z | ざう | ざふ | じう | じふ | ずう | ぜう | ぞう | じやう | じゆう | じよう | ||
d | だう | だふ | づう | でう | でふ | どう | ぢやう | ぢゆう | ||||
b | ばう | ばふ | びう | べう | ぼう | びやう | ||||||
p | ぱう | ぱふ | ぷう | ぺう | ぽう | ぽふ | ぴやう | ぴよう | ||||
gw | ぐわう | |||||||||||
ō | ō | yū | yū | ū | yō | yō | ō | ō | yō | yū | yō |
「かう」や「ほふ」等、ひらがなで書かれた部分が普段使用されてゐる字音仮名遣です。空欄の箇所は、字音仮名遣では使用されないか非常に稀な仮名遣の部分になりますから、最初から憶える必要はないでせう。
一覧には、「○う」となるものと「○ふ」となるものとがあります。「○ふ」の場合は、ハ行転呼音で「ウ」と発音しますから、事実上「○う」と同等になります。「○ふ」の使用場面は、ア列とイ列とエ列とオ列とに示される四列の仮名の後に接続が限定されてゐます。従つて、ウ列の仮名やヤ行の仮名の後に接続される「ふ」は全く無いと認識して下さい。
ヤ行の仮名もワ行の仮名も共に半母音(拗音)なのですが、茲では、ヤ行の仮名を「韻」(母音)、ワ行の仮名を「音」(子音)として扱つてみました。一目して解る事は、カ行の仮名の字音については、全ての「韻」が揃つてゐるのに対して、クヮ行やグヮ行の仮名には「くわう」「ぐわう」しか無いと云ふ点でせう。又、「アウ」の列に全ての「音」が揃つてゐるのに対し、「オウ」の列は「クヮ」と「グヮ」の行が抜けてゐます。そして他の行も列も所々虫食ひになつてゐるのが解ります。
実際に発音する場合、カ行の仮名を例に採つてみますと以下の通りになります。
現代語音では此のやうな対応になつてゐるやうです。「くう」の例では外の書き方が無いので、仮名遣の心配はありませんが、「コー」「キュー」「キョー」のやうに発音する字音の場合は、仮名遣に注意しなければなりません。
又、「音」(子音)の部分で注意する点は以下の通りです。
之等は、ア行音とワ行音との融合の関聯と、「じ・ぢ・ず・づ」の四つ仮名の関聯です。「くわ・ぐわ」の合拗音の関聯は、字音仮名遣のみの問題で、現在の発音では「か・が」と区別されません。四つ仮名の中に「ずう」と「づう」の字音が在ります。「人数」や「員数」などと遣ふ「ずう」と、「図々しい」や「図体」などと遣ふ「づう」が代表的です。
次にパ行音に移ります。漢字の字音には元々パ行音は在りませんが、連濁の一種として、ハ行音の音変化が起る場合があります。「八方」や「聯邦」などの「ぱう」、「憲法」などの「ぱふ」、「疾風」や「密封」などの「ぷう」、「一票」や「十俵」などの「ぺう」、「連峰」や「信奉」などの「ぽう」、「仏法」などの「ぽふ」、「論評」などの「ぴやう」、「南氷洋」や「信憑性」などの「ぴよう」などの漢字熟語に此の字音が使用されます。
最後に「オフ」の列の字音について記しておきます。「オフ」の列の字音は全て呉音に属します。ですので、其の殆どが仏教用語か其処から派生した漢字熟語になります。「仏法(ぶつぽふ)」「法輪(ほふりん)」「永劫(えいごふ)」「劫火(ごふくわ)」「業火(ごふくわ)」「業腹(ごふはら)」などが該当します。「おふ」は、上野国の「邑楽(おふら)郡」程度にしか使はないと思ひます。
参考迄に明治33年に施行された「棒引仮名遣」について言及しておきます。「棒引仮名遣」は、漢字の字音に限つて仮名表記の方法を変更した規定です。長音の部分を「ー」のやうな記号で記す処から「棒引仮名遣」と呼ばれてゐます。一時期の小学校の教科書に採用されてゐました。
此の規定は「小學校令施行規則」の「第二號表」に、字音仮名遣と「棒引仮名遣」の対比表として記載されてあります。併し、其の一覧表自体が杜撰なので、茲に其の点を指摘しておきます。
先づ、有得ないと思はれる「從來の用ヒ來レル字音假名遣」は以下の通りです。極稀には遣はれる場合もあるかも知れませんが、通常此のやうな字音は滅多に遣ひません。一往手元の漢和辞典で調べた限りでは「濃(ぢよう)」「蟄(ちふ)」の字音が在るのが解つた程度でした。
次に、本来在る筈の字音が省略されてゐるのは以下の通りです。括弧内の漢字は数在る内の一例です。
見ての通りで、在るのかどうかも定かでない「字音モドキ」が記載されてゐると思へば、本来無ければならない正規の字音が省略されてゐると言つた有様です。「新定ノ字音假名遣」の制定を急ぐあまり、現状の把握が疎かになつたか、新しいのが出来れば古いのはどうでもいいと蔑ろにされたかのどちらかでせう。
其の後、「棒引仮名遣」は、長音符号の「ー」が世間一般から顰蹙を買ひ、次の国定教科書の作成の際に廃止に追込まれました。
昭和61年に改定された「現代仮名遣い」の場合を考へてみます(文化庁のサイトへ直リンクしておきませう)。「現代仮名遣い」では、長音になる字音を上記の一覧表で言ふ処の「ウウ」の列、「オウ」の列、「ユウ」の列、「ヨウ」の列の四つに統合してしまひました。其の点では一定の成果があつたと思ひます。
併し乍、ア行とワ行の仮名の書き分けや、四つ仮名の書き分け等も同時に手を附けてしまつた為、仮名遣の根本の書き分けにも影響が出てしまひました。
と言つた塩梅です。仮名遣であるならば、ア行とワ行、ザ行とダ行の区別程度は残せなかつたものかと思ふのです。又、「ユウ」の列や「ヨウ」の列に統合した結果、全ての拗音が表記に表れてしまふ為、仮名表記が冗長になつたのも缺点と呼べさうです。
更に、「付表(歴史的仮名遣い対照表)」には、「ぢょう」の表記が規定されてゐます。「盆提灯(ぼんぢやうちん)」の場合は盆と提灯との「二語の連合」と解釈し、「一本調子(いつぽんでうし)」の場合も一本と調子との「二語の連合」のやうに解釈した結果、「じょう」ではなしに「ぢょう」の表記が採用されたやうです。「ぢ」「づ」の表記が全く無くなつた訣でないので仮名の使分けが必要なのですが、本来の仮名遣とは異なる書き分け方を採用してゐる処に「現代仮名遣い」の難しさがあります。
漢数字の「十(じふ)」も混乱を起してゐます。「現代仮名遣い」では「じゅう」と表記する事になつてゐます。十干、十巻、十件、十個、十皿、十進数、十寸、十銭、十層、十反、十通、十手、十噸、十泊、十匹、十分、十辺、十本など、促音になる場合は「ジッ」と発音する訣ですが、「じゅう」の表記に釣られて「ジュッ」と云ふ誤つた発音が拡がつてしまつたやうです。
長音の漢字を一つ二つばかり上記字音一覧表に合せて下記に一覧にしておきます。参考にして下さい。
ァウ | ァフ | ィウ | ィフ | ゥウ | ェウ | ェフ | ォウ | ォフ | ャウ | ュウ | ョウ | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ア行 | 央・奥 | 押・凹 | 友・遊 | 邑 | - | 幼・要 | 葉 | 応・欧 | 邑 | 様・陽 | 勇・融 | 用・容 | |
カ行 | 交・行 | 甲 | 九・求 | 及・急 | 空 | 教・橋 | 峡・協 | 工・後 | 劫 | 京・強 | 弓・宮 | 共・胸 | k |
サ行 | 相・草 | 挿 | 州・週 | 習・集 | 数・崇 | 小・笑 | 渉・妾 | 走・送 | * | 正・将 | 衆・終 | 昇・勝 | s |
タ行 | 当・島 | 答・踏 | 昼・抽 | * | 通・痛 | 朝・調 | 蝶・貼 | 東・投 | * | 町・長 | 中・柱 | 徴・重 | t |
ナ行 | 悩・嚢 | 納・衲 | 柔 | 入 | - | 尿・繞 | * | 能・農 | * | * | 乳 | 女 | n |
ハ行 | 方・邦 | 法 | 彪・髟 | - | 風・封 | 票・俵 | - | 峰・奉 | 法 | 評 | - | 氷・憑 | h |
マ行 | 亡・孟 | - | * | - | - | 妙・苗 | - | 蒙・朦 | - | 明・命 | - | - | m |
ラ行 | 労・朗 | 蝋・臘 | 流・留 | 立・粒 | - | 了・寮 | 猟・漁 | 弄・漏 | * | 両・量 | 竜・隆 | 陵・竜 | r |
ワ行 | 王・黄 | - | - | - | - | - | - | 翁 | - | - | - | - | |
クヮ行 | 広・光 | - | - | - | - | - | - | - | - | * | - | - | k |
ガ行 | 号・豪 | 合・盒 | 牛 | * | 宮・偶 | 暁・尭 | 業 | 后・恒 | 業・劫 | 行・仰 | - | 凝 | g |
ザ行 | 蔵・象 | 雑 | 柔・獣 | 十・渋 | 数 | 擾・饒 | * | 増・贈 | * | 上・譲 | 充・従 | 冗・乗 | z |
ダ行 | 道・堂 | 納・衲 | * | * | 図 | 条・嫋 | 帖・畳 | 同・動 | * | 場・嬢 | 住・重 | * | d |
バ行 | 亡・防 | 乏 | 謬 | - | * | 秒・描 | - | 某・剖 | * | 病・鋲 | - | * | b |
パ行 | 方・邦 | 法 | - | - | 風・封 | 票・俵 | - | 峰・奉 | 法 | 評 | - | 氷・憑 | p |
グヮ行 | 轟 | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | g |
ō | ō | yū | yū | ū | yō | yō | ō | ō | yō | yū | yō |
私も字音仮名遣は殆ど憶えてゐません。慌てる事もありません。一気に憶えるのではなく、必要なものから時間を掛けてゆつくりと憶えて行けば宜しいと思つてをります。
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